カテゴリ:ヨハネスブルグ( 29 )
44 Stanleyのバー
前回紹介した 44 Stanley  へ夜行くなら ここ↓
b0053164_1514946.jpg基本的にはバーなのですが、パスタなどの軽食を取ることも出来ますし、ダンスフロアで踊ったりも出来ます。音楽は・・うーん、私のテイスト(って偉そうに!)ではありませんが、いつも人で賑わっていますね~。
混雑していると、テーブルが取れないので、早めに行って(9時頃だったら大丈夫)人がまだ集まっていない中、座って友達とダベるのがお勧めです。
この前行った時は、高校生らしい集団(どうみても未成年)が横で騒いでいてうるさかったので、すぐに退散しました。南アって18歳からお酒飲んでいいはずなのに、高校生がガブガブ酒飲んでたぞ~!しかも保護者付きで(笑)。
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by joburg | 2005-09-23 01:49 | ヨハネスブルグ
44 Stanley 衣料品店
Wits大学の近くに、古い倉庫&作業場を改装して作ったエンターテイメント・コンプレックス(?)44 Stanley があります。衣類や雑貨を販売しているお店や、カフェ、バーの他に、美術教室、モザイク教室などもあり、家族で楽しめる場所です。

天然素材を使った衣類を販売しているLunar ↓
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天然シルクのドレスは肌触り良くてデザインも◎ですが、お値段が少し高め。最近はケープタウンにも支店が出来た人気のお店です。ちなみに、今50%セール中
輸入品を扱っているCoat↓
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44 Stanleyでは一押しのお店。服以外にもバッグや靴などのアクセサリーが可愛い。
1点物が多いので、サイズのバリエーションがあまり無いのが欠点。
その他にも、お土産に最適なLove Joziブランド(ヨハネスを題材にしたTシャツ)を販売しているJustなど、お洒落なお店がたくさんあります。Love Joziブランドの服は、RosebankのSpaceにも売っていますが、今度お土産用に買った時に写真UPしますね♪

ここへ来ると、いつも「欲しいな~」と物欲がムクムク膨らむのですが、結局は家計簿を頭に思い浮かべ、やっぱり買えない!と毎回退散しちゃいます。(涙) 
でも重要なのは上辺への投資じゃなくて、中身への投資!がまんがまん・・

44 Stanley への行き方:
タウン方面へM1を南下し、Empireで降りる。最初の信号(Empire Road)を右折し、2つめの信号(Owl Street)を左折。Owl Streetを真っ直ぐ進み、Stanley Aveを右折。
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by joburg | 2005-09-20 20:30 | ヨハネスブルグ
ソウェト-追記
そういえば、一つ書き忘れたことがありました。

ヨハネス市内同様、最近のソウェトは建設ラッシュなので、
ソウェト内を運転していると、新築の一軒家やアパートの宣伝を良く見かけました。

2LDKの一軒家でなんと R95,000 (約150万円)。
こりゃ現金払いか?(笑)

ソウェトの住宅価格は年々上昇しているので、今ソウェトの物件に投資をすれば、
数年後には価格が倍近くなる可能性があるんです。

うーん。こりゃ、「ソウェトに投資した初めての日本人」になるっきゃない??!
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by joburg | 2005-08-17 20:57 | ヨハネスブルグ
ソウェト⑦
ソウェト観光最終回は、ソウェト観光には欠かせないレストラン、Wandies Place です。
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Wandies Placeは、オーナーであるWandi Ndabaさんが1981年に酒屋として開いたのですが、許可書を持っていなかったので、いつ警察の手入れが入るか分からない状態だったそうです。そんな中、徐々に近所の常連客が増えてきて、1991年に許可書を取り、酒屋から簡単な食事が取れるレストランへ改装するまで成長しました。
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サラダ・バー
その後、徐々にメニューも増え、その頃からソウェトに現れはじめた新しい中流階級の住民達の溜まり場となったそうです。アパルトヘイト政権終了後、このような客が、タウンシップを訪問した観光客を連れてくるようになり、ソウェト・フードが食べられる観光スポットとして観光客が増え始め、今では1日100名以上の観光客が訪れるまでに成長!
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壁一面にここを訪れた人の名刺や、色んな国の紙幣・硬貨が貼ってあります。もちろん日本人の名刺もたくさん発見しましたよ~。やっぱり旅行関係者(HISとかJTB)の名刺が多かったかな。
Virgin グループの会長、Richard Bransonや、Quincy Jonesも来ていますよ。
b0053164_20415678.jpgバイキング式なので、好きな食べ物を取ることが出来ます。これは私のお皿。
鶏肉・牛肉のシチューに、タウンシップには欠かせないパップ、マカロニサラダ、チャカラカソース、ほうれん草のクリーム煮・・・などなど。正直アフリカ食はあまり得意ではないのですが、ここには独特の雰囲気があって、楽しく食事が出来ます♪
ソウェトの人達はとてもフレンドリーで、手を振ったり、話しかけてきたりしてくれます。 今回も元気をもらったソウェト観光でした☆

みなさんも機会がありましたら、ソウェトに行ってみてください!
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by joburg | 2005-08-16 20:26 | ヨハネスブルグ
ソウェト⑥
まだまだ続きますぞソウェト観光。
お次はソウェトの入り口にある火力発電所です。
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アパルトヘイト時代は、都市部に住む白人のために、ここで電力を作っていましたが、アパルトヘイト後はソウェト住民のために電力が作られていました。
この発電所は数年前に生産(?)が停止しましたが、今でもソウェトのシンボルとして残っています。一つにはFNB(南アの大手銀行)の絵が描いてあり、もう一つはソウェトの住民達の絵が描かれています。ちと遠すぎて、絵が見えないのが残念!
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by joburg | 2005-08-16 20:07 | ヨハネスブルグ
ソウェト⑤
この記念館から約200mの所に、ソウェト蜂起が起こったVilakazi Streetがあります。このVilakazi 通りにはマンデラ氏とトゥトゥ氏、ノーベル平和賞受賞者が二人が住んでいた家があり、いつも観光客で溢れかえっています。マンデラさんの家は何度も行っているので、今回はパスします。

ここ数年でソウェトでは警察の取り締まりが厳しくなり、治安も若干良くなっています。同時にソウェトを訪れる観光客も徐々に増え始め、週末のソウェトでは観光バスを見かけます。ソウェト観光は、旅行会社や大手ホテルから、一人R300で参加することが出来、バス・ターミナル→Klip Town (貧困街)→マンデラさんの家→Hector Pieterson記念館 を周ります。観光客が増えたお陰で、ソウェトには観光客向けのレストランやお土産屋さんも出来ました♪ソウェト経済にはとても良い兆しですよね!
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Hector Pieterson記念館にはアメリカ人の団体がいました。やっぱり週末は人が多い!
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by joburg | 2005-08-15 20:39 | ヨハネスブルグ
ソウェト④
1979年6月16日、アフリカーナー(オランダ系の白人。アパルトヘイト政権時代、政治を牛耳っていた)が使っているアフリカーンス語の強制教育に抗議する15000人以上の学生達が、Vilakazi通りにあるOrlando West中学校を中心に集まり、行進しました。
この行進を止めようと、警察は学生達に向かって催涙弾を投げたり警察犬に攻撃させたりしていましたが、学生達が警察に向かって石や物を投げ始めたと同時に、警察が発砲。この最初の銃弾に、当時12歳だったHecor Pietersonが当たり、死亡。
発砲は続き、学生達はアパルトヘイトのシンボルであった、行政機構・公共交通機関などを攻撃。6月16日の夜には、ソウェトの至る所で火が登っていたそうです。
これが有名なソウェト蜂起です。
具体的な死者数は不明ですが、200人以上の学生が亡くなったと言われています。亡くなった犠牲者の大多数は23歳以下。ほとんどが背中に銃弾を受けて亡くなったそうです。
(ソウェト蜂起の映像はアパルトヘイト博物館で見ることが出来ますが、警察が逃げ回る黒人の学生を捕まえ、執拗に暴行を加える姿は目を背けたくなります)

ソウェト蜂起の最初の犠牲者、Hector PietersonはMbuyisa Makhuboという男性に抱えられ、近くの病院に運ばれました。
その時の写真がこれ↓
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この写真は世界中を駆け回り、Hector Pietersonは反アパルトヘイトのシンボルとなりました。(横に写っている女の子はHectorのお姉さんです)
Hectorを抱えているMbuyisa Makhuboは、この後消息を経ち、未だ行方不明となっています。
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by joburg | 2005-08-15 18:08 | ヨハネスブルグ
ソウェト③
バス・ターミナルの向かいに、南半球最大の公共病院クリス・ハニ・バラグワナス病院があります。ここには小泉首相が厚生大臣時代に訪問し、医療器具を贈与しています。
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南アでは、医者や看護師を含む病院職員の給料・待遇が非常に悪く、多くの優秀な看護スタッフは、より良い待遇を求めてヨーロッパや中東へ移動してしまうので、南アの公共病院は職員不足に陥っています。そのため、公共病院のサービスは非常に悪く、診察を希望しても3~4時間待つのは当たり前です。
病院の敷地内へ入ると、古い建物が並んでおり、壁にヒビが入っていたり窓ガラスが割れていたり、とても殺伐とした雰囲気です。

一般病棟へ向かって歩いていると、突然警察が小走りに寄ってきて、
「君達は中に入っちゃいけない」と言います。
そこまで病院内を見たい訳では無かったので、警察に従い敷地から出ましたが、
バラグワナスは公共病院なのだから、本来ならば私達が入っても全く問題は無いはずなんですよね・・?一緒にいたソウェト在住の友人に理由を聞くと、「バラグワナス内は問題をたくさん抱えている病院なので、外国人に中を見て欲しくなかったんだろうね」と言っていました。
確かに何も知らない外国人が観光気分で病院を見学するのは失礼だと思いますが、
このように外部者を遮断してしまうほど、多くの問題を抱えているという事はとても哀しいです。
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by joburg | 2005-08-15 15:33 | ヨハネスブルグ
ソウェト②
バス・ターミナルの周りに出ている露店のご紹介☆

①Gジャン屋
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一枚 R150(約2400円)でした。よ~く見ると全て中国製。
恐るべしチャイナ!

②クシ&洗剤屋
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この特大クシは黒人で髪の毛が長い人が良く使ってますね。アフロなんかにグサッと刺したまま歩いている人もいます(笑)。
数年前に日本でB-Boyが流行った時に、渋谷なんかでこのクシを頭に刺している人いましたよねー?

ビンに入っている謎の液体。
クシと一緒に販売されているので、整髪料??と思いきや、実は・・・食器洗いの洗剤でした!この洗剤は食器以外にも、洗浄剤として床を磨いたり、車の洗浄にも良く使われています。

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by joburg | 2005-08-14 23:14 | ヨハネスブルグ
ソウェト①
ヨハネスを訪れた際に必ず見て欲しい場所。
アパルトヘイト時代、南ア最大の黒人居住区だったソウェトです。

ソウェトは1948年アパルトヘイト政権の始まりとともに、強制的に移住させられた6万人の黒人から始まり、ヨハネス中心部から南西の位置にあることから、Southern Western Township = SOWETO と名が付きました。大都市で生活する白人を支える労働力が必要だったので、南アの大都市には必ず黒人居住区が併設しています。

当初は黒人のみが暮らしていたソウェトですが、後々から混血・インド人・東洋人(!)などもソウェトへ強制的に移住させられました。当時のソウェトでは、人種・民族で住む地域が区切られており、インド人街、Zulu族街など多くの区域に分かれていました。

現在ソウェトの人口は400万人以上(不法滞在者の人数が定かではない)と言われており、規模は東京23区(!)ほどの大きさに拡大しています。

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ソウェトの入り口 Diepkloof にあるバス・ターミナルです。ここにはヨハネス市内以外に南ア各地へ出発するバスもあります。(Capetown, PE, Durban・・・ここから南ア中どこにでも行けます)
バス停を囲んでいる露店では、食料品から電化製品まで色んな物が販売されています。平日はとても混雑していますが、活気があって楽しいですよ♪
ここにはソウェト唯一、ブランド品を販売しているお店があったりもします。アパルトヘイト政権の時代からあったというから驚き!
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by joburg | 2005-08-14 22:06 | ヨハネスブルグ